ざくろ庵

不思議な話や日々の雑談、現代の魔女の秘密基地

全体重で妹に乗っかってみた。「私は、全然大丈夫じゃない!!!」

こんにちは。魔女系ブロガーしきたん@ざくろです。

昨日、お金行き詰まり問題打開のアクションをしてきました。 

 

アクションして本当によかった。

人が生きていくにあたって基本的なことが、やっと腑に落ちました。

 

 

「私は困っている、助けてほしい、全然大丈夫じゃない!!!」

お恥ずかしながら、私はこれをどうしても言えないタイプの人です。

 

子どものころはケガや体の異常を親に隠したり、 もちろん悩み相談などはしません。良いことしか話しません。大学生、社会人になってからは、いわゆる抱え込みタイプ。「大丈夫」と言いながら一人で責任、タスクを抱え込んで、抱え続け...どうしようもならなくなる、やっかいなタイプ。

 

 

今回、親に相談することはやめた

以前、そんな自分を鼓舞し、死ぬ気で両親に話したことは何度かありました。結果的にお金を借りたことももらったこともあります。

けど、どうしても、彼らには私が本当にやりたいようにやるということは、受け入れられない。過去いろいろすったもんだした結果、両親の世代や性格的に価値観の限界が見えました。

それでも、どんなに理解されなかろうと、あるいは就職したと嘘をついてでも、お金だけとにかくもぎ取って。。。 というのは、やっぱり私には辛い。

その「(自分が無理なことをしないと言う意味で)がんばらない」ことを頑張っただけの報酬とはやっぱり思えない。その先どうなるのかもよくわからない。心屋さんの「一番言ってはいけないと思う人に頼む」というメソッド的には、それでも親に言わないといけないのだろうか!?と葛藤したけど、そんなわけで今回はやめておきました。

 

そしてそれは正解だったと思っています。 

それは、問題はお金をもらえるかどうかじゃなかったということが分かったから。

 

 

いたるところに出口はあるし、水はある

言ってはいけないと思っている人に言うのです」

その人が助けてくれるとは限りませんが、何かが助けてくれますから

(「一生お金に困らない生き方」 心屋仁之助著)

 

誰に言うかじゃなくて、どう言うかじゃなくて、

「言うか(言えるか)どうか」ということが大事だったんだと思いました。

 

私は困っている!

もう自分ではどうしようもない!

助けて!!!

 

ハートを開くとはこういうことか。

他力を受け入れる、誰かにどうにかしてもらうと決めること。

 

水流はダムでせき止められているけど、堰をあければ水は流れ込む。

もしかして、ただそれだけのことなのか。

 

「一生お金に困らない生き方」とは、誰かに頼るということだし、「「好きなこと」だけして生きていく」とというのは、好きなこと以外を誰かにやってもらうということなんだ...

 

だって、考えてみて。誰かがそこで困っていたら、私は何か助けになろうとすると思う。「100万の治療費が今すぐ必要」と言われてもあげられないけど、持っている1000円札をあげてこれで誰かもっとお金がある人のところへの交通費にしてくださいと言うかもしれない。

 

道端で相談されても、私はそうするだろう。

それがもっと近い人だったらどうだろう?

 

私どこか自分の知らないところで我慢していたり、耐えていたり、困っていたら、助けてあげたい。平気そうな顔で「大丈夫だよ」と嘘をつかないで欲しい。もしそんなことをされたら、私ってなんて信用されてないんだろう、頼りない存在だと思われてるんだろうと、悲しくなるかもしれない。 

 

 

私のことを助けてくれる人。

私のことを大事に思ってくれている人。

少しでも、この状況を助けることができる人は... 

 

妹かもしれない。と、なんとなく閃きました。

 

 

思い切って人を信頼してみる

実はその閃きの数日前、

妹に相談することを想像して却下していました。

 

私の妹は、フリーランスになったばかり。

そんな時期に、こんな私の失敗状況を伝えたら不安にさせてしまうんじゃないか。

やっぱり独立してもうまくいかないんだとか思わせちゃうんじゃないか。

しかも彼女はプライベートでも転機を迎えていて、いろいろ忙しそうだから...

それに、彼女に受けられるレベルの相談なんだろうか、今必要な額はかなり大きいから...

とても背負わせられないし、どうせ背負えないでしょう。

 

そう思って荷物を背負い直していたんだと気づきました。

 

 

でも、本当だろうか?

それって、私が妹のことをあまりに信頼していなさすぎじゃない?

相談しただけで潰れちゃうなんてこと、ありえないよね。

もう大人だもの、もし、無理だったら無理だって言えるよね。

何もせずに相談できないって決めることはないはず!

 

 

昨日、妹会う前に電車で書いたツイート。

 

 

 

 

 

正直に、本当にどうしたらいいのかわからないんだと言って、乗っかってみたら....

妹は、私の全体重を支えることができました。

 

落ち着きをもって、ビビらず、驚かず、疑わず、突っ込まず、まとまりのつかない私の現状の話を聞いてくれました。

わがままを一通り聞いた上で、考えうる限りの可能性、やり方、アドバイスをしてくれました。

 

彼女は、いつの間にかたくましくなっていました。

いや、もしかしたら最初からそうだったのかもしれません。

 

私も、途中で「やっぱり大丈夫だから!」と逃げることなく、できないことはできないと言ったり、できないと思っていたけどできるかも?ということが話す中で発見されたり。自分の気持ちをちゃんと感じながら、相談することができました。

 

 背負いすぎだよ!! 

まず妹に言われたのは、

「業務量多すぎ!」

でした。笑

 

よく人に言われます。

自分では、当たり前にいろいろ自分の仕事ってことになってるんですよね。。

 

みくっちは、がんばらないことをちゃんとしている。文句のつけどころはない。(誰がなんと言おうとそれは真実です。みくっちは今なにもしないことが一番の仕事)でも、だから、みくの体重が私に乗っかっている。これは自然な法則です。

 

私は、その状態をどうしたらいいかわからなかった。

自力で商売しようとしても集客できない。

そもそも集客のアクションをしっかり打てない。 

しかし適当に就職して自分が疲弊したら彼女にあたってしまうかもしれない。

そもそも外に出て働いたら彼女を一人にしてしまう。

でもクラウドワークスなどの仕事はやりたくない。 

とか・・・

 

私は、自分で集客できないということも恥だと思っていて、それを認めることもできなかったように思います。そのうち、徐々に必要とする人がくるよ。って。でも、そのスピードじゃ生活は成り立たない...でも... 

 

そこで私の思考回路は限界になっていたことに気づきました。

 

そう、私も限界だったんだから、誰かにちょっと荷物を持ってもらわないといけなかったんですね。そして、持ってもらえば、大丈夫だったということだったんです。

 

ちなみに、後でみくっちにいろいろと話したところ、

彼女を一人にしてしまうとか、家にいなければ、なんていうのは私の勝手な思い込み、おせっかいで、そんな必要はそもそもなかったことが分かりました。みくっちは私の活動を大応援してくれていて、私が必要以上に彼女のことを握りしめていたのでした。。

 

人は人とつながっている

私の通ってきたキャリア、関心事、特技、などなどを書いて行くうちに、私は今までいろんな人と接点があったこと、交流があったこと、仕事をしていたことを思い出しました。

 

妹「以前の仕事関係のこととか人とかに、何か抵抗あるの?」

私「いや、ないんだけど...なんか、すごく遠い気がするの」

 

聞かれて初めて意識しました。そう、遠い気がする。

浦島太郎のような。遠い昔のような。

 

みんなのこと、忘れていた訳じゃないけど、でも、Facebookで多分私の投稿見られてないし(リーチ下がってるし、フォロー多分外されてる気がする)。ここしばらく、本当に限られた人としか会ってないし。もう私の言葉は届かないような気がして。

彼らは私にとって存在しないし、私は彼らにとって存在しないことに、自分でしていたことに気づきました。

 

一方、妹はずっと社交的に活動しています。

大昔、私と接点のあった方から「お姉ちゃん元気?」と聞かれると言います。彼の活躍をメディアで見るといつかのことを思い出しつつ、心の中で応援していたのですが...

その人の中で私はまだ存在していたことを知りました。

 

ここ数年で世の中はだいぶ進化したと思います。間違いなく変化は加速していると思う。私の知識やイメージがもう時代遅れになっているだろうし、社会の中でどう発言していったらいいか、わからない。そもそも際立って活躍できたこともないし...。

 

でも、私にはずっと社会で活躍してきた妹がいる。彼女が私の言葉を見てくれると言っています。人や仕事もできる範囲でつないでくれると言っています。メディア系の仕事をして独立しようと決心できるほどの人なので、心強い。

 

改めて振り返ると、私は会社をやめてから、だいぶディープな旅をしてきたと思います。金銭的にも、心理面でも。

 

そんな私が学びからこれから活動したいテーマを話したところ...というか、話しながらこれだ!と思ったんですが。妹にはすごく刺さったようです。

まさに彼女のような人に向けたものだったので、その感触はとても嬉しかった。もっと多くの人に伝えていきたいなと思いました。

 

 

信頼すると、信頼される?

今の私は、もう日々の生活費もほとんどなく、少しでもお金を貸してくれないかと頼んだところ、けして余裕も安定もあるわけではない中で、ギリギリ貸せる幾らかのお金を貸してくれました。

今は支払いが滞っているけど、今あるお金と貸してもらったお金を活動費にして、これから私のエネルギーを出し惜しみせず、全力で活動していこう。

 

本当にありがとう。

私の荷物を一緒に持ってくれて、溺れている私を引っ張り上げてくれて、

大丈夫だと信じてくれて、手助けしてくれて、ありがとう。

 

いつか彼女が困った時にはしっかり助けになれるようになりたいと本当に思います。

 

ちなみに。

私は、以前から妹にもっと頼って欲しいと思ってました。しかしあまり頼られたことはなく、もっと頼って欲しいんだけどな。と思っていました。でも、それは私が全然弱みを見せないからだったのかもしれない...。

私が親が全然弱みを見せないから弱みを見せられなかったのと同じだったのかもしれない。もしかすると、これからもし彼女に大変な状態になったとき、私に相談することを思いついてくれるのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

 

 

大丈夫ワールド

全身で人に頼ったら、全力でできること全て使って応えてくれた。

この体験は本当に私にとって大きなことででした。

 

世界は自分で思うよりも優しいということが、

まだうまく伝えられないけど、私は実感としてわかりました。

 

もう大丈夫だと思えました。

あ、それはもう大丈夫だから助けはいらないって意味じゃなくて。

誰かが私を助けてくれるし、私も誰かを助けるのが当たり前だから大丈夫ってこと。

私は何があっても大丈夫な世界に生きている。

そう思います。

 

 

どうせ誰も助けてくれない。

そんなわけはなくて、

どうせ誰も助けてくれる。

 

ただ、自分が助けてって言えないだけ。

人を信頼してつながれないだけ。

本当にそういうことだったのか。。

 

心屋さんの本に出てくる、

下のエスカレーターを無理やり駆け上がってるひとに見えていない、

上りのエスカレーターを出現させる方法。

 

私と同じ場所にいたはずの、私とそんなに変わらない感じだったはずの人が、いつの間にかはるか彼方にいて、これってなんでなんだろう?ってずっと思ってたけど。

 

人生がうまく回っている人のベースにある前提って、これだったの?

なんて単純な・・・

私にとって、驚きの新事実です。

 

 

これからこの新しい前提で生きたらどうなるのか、実験していきたいと思います。

 

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Photo by Denys Nevozhai on Unsplash

 

 

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